先日、何の気はなしに「恩師の生まれは西暦にしたら何年だろう?」と、
グーグルで検索をかけると、ウィキペディアで出てきた。
生まれ年はわかったが、その横に逝去の日付が記入されていた。一瞬、時が止まったのを感じた。
「うそっ!」と。
昨年施設を訪ねた時は、コロナ禍で面会できなかった。またコロナが収まったら色々報告に行こうと思っていた。
思えば、20数年前大学のゼミを決める際、日本語日本文学科で方言を専攻しようと思って語学、文学の先生を片っ端から当たるも「方言はしない」と全員に断られ、ダメもとで民俗学の先生のもとに。
先生は「どこにも行くところがなければ、このゼミに来ればいい。民俗学もフィールドワークが基本だから、君のしたい方言もフィールドワークでしたらどうだ。」と。あまりにも簡単に受け入れてもらった事に驚いたのを覚えている。
卒論の下調べに1か月間東北地方を回って地元の人に方言を聞き回った事を報告した時は、ベタ褒めしてもらった。
大学を8年在籍して卒業したが、8年間の大学での思い出は「竹田先生」だけだった。迷い猫のような自分を拾ってくれた恩は絶対に忘れない。
在籍時よりも卒業後の方がよくお会いした。末端の教え子の事を覚えてくれていた。何かと報告のために先生のもとを訪ねた。もう報告ができないと思うと、とても寂しい。
これからも、先生の万分の一でも、何かに困っている子がいたら快く受け入れていこうと思う。それが先生への恩返しになれば。